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バイオセキュア法(BIOSECURE Act)最新動向:裁判所がWuXi AppTecに対する第1260H条に基づく指定の効力を差し止めるも、戦略面・コンプライアンス面の対応期限は引き続き進行中

 要点ガイド

  • 判決の概要:2026年8月7日、コロンビア特別区連邦地方裁判所は、米国戦争省(Department of War)に対し、同省が依拠した中国政府及び軍との関係性に関する証拠を誤って解釈していたとして、WuXi AppTecの第1260H条(Section 1260H)に基づく指定の効力を生じさせることを差し止める仮差止命令を下しました。

  • 判決の影響:この仮差止命令は戦争省を拘束するものであり、行政管理予算局(Office of Management and Budget。以下、「OMB」)を拘束するものではありません。OMBは、バイオセキュア法の下で、1260Hリストに依拠しない、独自の基準に基づく「懸念対象バイオテクノロジー企業(Biotechnology Company of Concern。以下、「BCC」)」指定権限を有しています

  • 早期に到来する規制スケジュール:バイオセキュア法の一部の実施期限はより先に設定されているものの、2024会計年度国防権限法(以下、「FY24 NDAA」)第805条に基づくサプライチェーンに関する禁止措置は、2027年6月30日以降、戦争省の請負業者の下請け・再下請けサプライヤーにも適用されます。

  • 既存契約に対する経過措置の非対称性:一定の既存契約に適用される最長5年間の経過措置は、2025年12月18日時点で既に1260Hリストに掲載されている企業には適用されないため、是正措置及びサプライヤー変更の優先順位は契約金額ではなく、経過措置の適用可否を基準として検討する必要があります。

  • 重要なポイント:WuXi AppTecが仮差止命令を獲得したことは、BCC指定に至る他のルートに影響を及ぼすものではなく、既存のサプライチェーン規制も引き続き有効であるため、関連企業は短期的なコンプライアンス対応及び調達戦略の見直しを継続する必要があります。

2026年6月8日、米国戦争省(以下、「戦争省」。国防総省(Department of Defense)とも呼ばれています。)は、中国軍事企業を対象とした1260Hリストの更新版(91 Fed. Reg. 35189)を公表し、約65社を新たに追加した結果、同リストの掲載企業総数は約200社となりました。新たに追加された企業のうち3社はバイオテクノロジー企業であり、米国で大規模な事業を展開する主要な受託研究・開発・製造機関(Contract Research, Development, and Manufacturing Organization。以下、「CRDMO」)であるWuXi AppTec Co., Ltd.に加え、Complete Genomics, Inc.及びNovogene Company Limitedが追加されました。これらの企業は、既にリストに掲載されていたBeijing Genomics Institute(以下、「BGI」)及びMGI Tech Co., Ltd.(以下、「MGI」)関連企業に加わる形となりました。当事務所が2025年11月のGT Alertで解説したとおり、2025年12月18日に2026会計年度国防権限法(FY26 National Defense Authorization Act。以下、「FY26 NDAA」又は「本法」)の第851条として制定されたバイオセキュア法(P.L. 119-60)の下では、1260Hリストへの掲載は、BCC指定に至る2つのルートのうちの1つについて、単なる考慮要素ではなく、法律上要求される前提要件として位置付けられています。WuXi AppTecは自社の1260Hリスト掲載に異議を申し立て、2026年8月7日、コロンビア特別区連邦地方裁判所は、米国政府に対し、当該指定の効力を生じさせることを差し止める仮差止命令を下しました(WuXi AppTec Co., Ltd. v. U.S. Dep't of Defense, No. 1:26-cv-02069 (D.D.C.))。

仮差止命令の影響

これまでの論評の多くは、行政手続法上の手続的な論点に焦点を当てていました。戦争省が示した指定根拠はわずか一文であり、すなわち、WuXi AppTecは国務院国有資産監督管理委員会(State-owned Assets Supervision and Administration Commission。以下、「SASAC」)の間接的な所有下にあり、また、国家国防科技工業局(State Administration of Science, Technology and Industry for National Defense。以下、「SASTIND」)及び中国人民解放軍(People’s Liberation Army。以下、「PLA」)と間接的な関係を有するというものでした。これに対し、裁判所は、これらの各根拠はいずれも事実関係の裏付けを欠くと判断しました。例えば、戦争省が引用した「5.32%の持分比率」は、中国航空工業集団(Aviation Industry Corporation of China)系ファンドによるWuXi AppTecへの出資比率ではなく、当該ファンド自身の投資ポートフォリオにおける配分比率を示すものであり、実際のWuXi AppTecへの出資比率は約0.001%にすぎませんでした。また、中国科学技術部(Ministry of Science and Technology)の研究承認記録において、WuXi AppTecは単に「第三者試験機関(Third-Party Laboratory)」として記載されており、これは実際に研究を実施する機関とは異なるカテゴリーです。

もっとも、別の観点から重要なのは、裁判所が戦争省の判断を「恣意的かつ専横的(arbitrary and capricious)」と認定したことは、同省が当時保有していた証拠から当該結論を導くための十分な説明を行えなかったことを意味するにすぎず、証拠記録を訂正し又は説明を補充した上で、同様の結論を導くことまで否定したものではないという点です。実際、裁判所の仮差止命令は再指定(redesignation)の可能性を明示的に認めており、本案審理及び上級審での審査は依然として継続し得る状態にあります。そのため、関連企業としては、本件差止命令があくまで暫定的なものであり、再指定及び更なる司法審査の可能性が残されていることを踏まえる必要があります。

さらに重要なのは、裁判所による「回復困難な損害(irreparable harm)」に関する分析です。裁判所によれば、2026年6月の指定からわずか数週間のうちに、顧客及びサプライヤーが契約を解約し、関連プログラムを競合他社へ移管していました。裁判所は、指定後に顧客及びサプライヤーが商業上の関係を変更したことを示すとされる証拠を引用しています。したがって、関連企業は、バイオセキュア法の実施スケジュールのみならず、それよりも早期に到来し得るコンプライアンス上及びサプライチェーン上の重要な対応時期についても検討することが望ましいと考えられます。

仮差止命令によってもバイオセキュア法の適用可能性が閉ざされない理由

  • 本法はBCC指定に至る2つのルートを設けており、今回の仮差止命令の影響を受けるのはそのうち1つにすぎません。 第1のルートでは、企業が1260Hリストに掲載されていることに加え、OMBが当該企業についてバイオテクノロジー関連機器又はサービスへの関与を認定することが必要です。これに対し、第2のルートは、第851条(f)(2)(B)に規定されており、OMBが、当該企業が外国敵対国の政府によって支配され又は当該政府のために行動していること、何らかの形でバイオテクノロジー関連機器又はサービスに関与していること、及び法定基準に照らして国家安全保障上のリスクをもたらすことを認定すれば足ります。OMBは今回の訴訟の当事者ではなく、また、第2のルートは1260Hリストに一切言及していないため、今回の仮差止命令にもかかわらず、このルートは引き続き全面的に利用可能です。ここで重要となるのは、企業がOMBのBCCリストに掲載されるかどうかです。このリストの公表時期はOMBの裁量によるものではなく法律によって定められており、第851条は、OMBに対し、本法成立後1年以内、すなわち2026年12月18日までに最初のBCCリストを公表することを義務付けています。したがって、OMBは、第2のルートのみを根拠として、WuXi AppTecを当該最初のBCCリストに掲載することが可能であり、そのような指定が行われた場合には、1260Hリストへの掲載を前提として行われたBCC指定と同様の法的効果が生じます。すなわち、連邦政府機関は、当該企業のバイオテクノロジー関連機器又はサービスを調達することができなくなります。また、連邦政府機関は、連邦政府との契約、連邦補助金又は政府融資の対象となる事業において当該機器又はサービスを利用する企業との契約締結や、補助金又は融資の提供も行うことができなくなります。
  • BCC指定に対して異議を申し立てることは可能ですが、短期間で覆すことは容易ではありません。 指定を受けた企業は、OMBに対して指定解除を求める申立てを行うことができ、OMB局長は90日以内に回答しなければなりません。また、OMBによる独立の認定ルートに基づく指定については、最終決定に先立ち、通知及び審査の手続も設けられています。もっとも、もし最初のBCCリストの掲載企業が公表後も争われ、その構成に変更が生じる可能性があるのであれば、企業としては特定のリスト内容のみを前提とするのではなく、複数のシナリオを想定した計画を策定することが合理的であると考えられます。

  • 2025年12月を境とする経過措置上の影響

    • 即時の影響。 BGI及びMGI関連企業は、2025年12月18日時点で既に1260Hリストに掲載されていました。OMBがこれらの企業についてバイオテクノロジー関連性の要件を満たすと認定した場合、これらの企業との既存契約は、5年間の既存契約保護措置(legacy-contract protection)の適用を一切受けることができません。この既存契約保護措置とは、本法の解釈規定に基づき、禁止措置の発効前に締結された契約又は合意により、指定対象企業のバイオテクノロジー関連機器又はサービスを発効日から更に5年間調達することを認める経過措置を指します。 これらの企業に関連するシーケンシング機器、試薬、消耗品及び関連するデータ解析サービスについては、異なる経過措置の取扱いが適用される可能性があるため、より早期の見直しが必要となる場合があります。
    • 十分な移行期間。 WuXi AppTec、Complete Genomics及びNovogeneは、2026年6月8日に1260Hリストへ追加されました。仮にこれらの企業がBCCとして指定された場合、それらの企業との禁止措置発効前の契約については、当該企業に関する連邦調達規則(Federal Acquisition Regulation。以下、「FAR」)の改正時点から5年間の経過措置が認められ、その期間は2030年代初頭まで及ぶ可能性があります。 したがって、CRDMOの切替対応は、ゲノム解析関連機器の切替対応よりも後順位で進めることが可能です。すなわち、資金又は適格な製造能力が限られている場合には、まず、上記のBGI及びMGI関連企業から調達しているシーケンシング機器、試薬、消耗品及び関連するデータ解析サービスについて代替サプライヤーを優先的に確保し、その後にCRDMOの移行対応を進めることが考えられます。
    • 例外的な救済措置は限定的。 セーフハーバー規定は、過去にはBCCによって製造されていたものの、現在はBCCによって製造されていない機器又はサービスについて適用されます。 もっとも、このセーフハーバー規定は、継続的なサービス提供、ソフトウェアサポート又はファームウェアサポートには適用されません。 また、特定の情報活動、海外医療、公開されているマルチオミクスデータ、宣言された公衆衛生上の緊急事態、及び連邦供給スケジュール(Federal Supply Schedules)を通じて行われるメディケイド及びメディケア・パートBに基づく医薬品代金の支払については例外が認められています。 さらに、政府機関の長による適用除外措置については、OMB局長の承認及び議会への通知が必要とされているため、当該適用除外措置への依拠を検討する企業にとっては実務上の課題となる可能性があります。

    • 主要な期限と想定される影響のタイムライン

      本法は、単一の施行日を設けるのではなく、段階的に設定された複数の法定期間(not-to-exceed periods)を設けており、実際の適用開始時期は、どの指定ルートが用いられるかによって異なります。実務上の計画策定に当たっては、各政府機関が法定期間を最大限利用すると想定することが一つの有効なアプローチとなります。 なお、以下の表には、バイオセキュア法の実施とは別に、企業等に遵守が求められる、より早期に到来する期限についても記載しています。

      日付(最終期限)

      内容

      実務上の影響

      2026年6月30日(施行済み)

      FY24 NDAA第805条による対象企業との契約禁止

      戦争省は、1260Hリスト掲載企業又はその支配下にある企業との間で、直接契約を締結、更新又は延長することができません。

      2026年12月18日

      OMBによるBCCリストの初回公表(バイオセキュア法第851条の規定により、同法の成立日である2025年12月18日から1年以内に公表することが義務付けられています。)

      当該リストの公表は、政府調達、デューデリジェンス及び情報開示に関する検討に影響を及ぼす可能性があります。

      2027年3月13日

      財務省によるCOINS法最終規則の公表

      FY26 NDAAの一部として成立した2025年包括的対外投資国家安全保障法(Comprehensive Outbound Investment National Security Act of 2025。以下、「COINS法」)は、懸念対象国における特定技術分野に対する米国からの対外投資を制限する米国の対外投資安全保障制度を法制化及び拡張するとともに、財務省に対し450日以内に施行規則を公表することを求めています。財務省は、新たな立法措置を経ることなく、規則によってバイオテクノロジー分野を規制対象分野に追加する可能性があります。

      2027年6月まで

      OMBによる実施ガイダンスの公表(BCCリスト公表から180日以内)

      禁止措置の適用に関する初の公式な政府ガイダンスが示されます。

      2027年6月30日

      第805条に基づく物品・サービス調達禁止の適用開始

      リスト掲載企業の物品又はサービスがサプライチェーン上のいずれかの段階で組み込まれている契約にまで規制の適用範囲が拡大されます。これは、サプライチェーン全体へ義務を波及させる初めての本格的な規制であり、バイオセキュア法の本格施行に先立って適用が開始されます。

      2028年6月まで

      連邦調達規則評議会(FAR Council)によるFARの改正(これにより禁止措置の発効日が確定)

      FAR改正後、1260Hルートについては60日後、OMBルートについては90日後に、それぞれ禁止措置が発効します(概ね2028年8月から9月頃)。

      2033年6月頃

      5年間の経過措置の終了

      既存契約にはこの時点まで経過措置が適用されます。ただし、2025年12月18日時点で既に1260Hリストに掲載されている企業については、経過措置が一切適用されません。


      2026年12月のBCCリスト公表前に検討すべき対応

      • 法務、取引構造設計及びコンプライアンス。 禁止措置が適用されるのは、BCC指定企業の機器又はサービスが、連邦契約、補助金又は融資の対象となる業務の遂行に使用される場合に限られ、研究活動や前臨床段階の活動に対する例外は設けられていません。したがって、問題となるのは、中国のCRDMOを利用しているかどうかではなく、その利用が連邦資金の対象となる業務の範囲内で行われるかどうかです。 また、企業の責任は、サプライチェーン上のいずれの段階においても、自社がどのような情報を認識していたかによって左右されるため、連邦契約の受注者及び補助金受給者は、研究開発部門や調達部門が把握したサプライヤー情報を法務・コンプライアンス部門へエスカレーションし、正式かつ記録に残る意思決定につなげるための文書化された社内手続を整備することを検討すべきです。 さらに、公的な情報開示義務を負う企業は、米国証券取引委員会(SEC)への開示書類におけるリスク要因の記載が、自社のサプライチェーン及び取引関係に関するリスク評価と整合していることを確認することも検討すべきです。 契約上は、BCCリスト及び1260Hリストに関する標準的な表明保証に加え、相手方が指定された場合に適用される契約解除権又は代替措置を講じる権利、通知義務並びに移行コスト及び技術移転コストの負担を明示的に定めることを検討すべきです。
      • サプライチェーン及びCMC(化学、製造及び品質管理)上の検討事項。 戦争省関連業務に関係するポートフォリオについては、2027年6月30日に発効する第805条の第2段階の禁止措置に備え、サプライチェーン上のTier 2及びTier 3サプライヤーについても1260Hリストとの照合を実施することを検討すべきです。 現在発効している第1段階の規制では、戦争省は1260Hリスト掲載企業又はその支配下にある企業との間で直接契約を締結することのみが禁止されています。他方、2027年6月30日に発効する第2段階の規制では、リスト掲載企業の物品又はサービスがサプライチェーン上のいずれかの段階で組み込まれている物品又はサービスに関する契約にまで禁止措置の対象範囲が拡大されます。 これが波及義務(flow-down duty)の内容であり、元請企業が直接契約関係を有していない下位サプライヤーにも規制が及ぶことを意味します。また、元請企業には、それらの下位サプライヤーを把握することが求められます。 さらに、バイオ医薬品に関する技術移転には通常12か月から24か月を要するため、2026年12月にOMBによるBCCリストが公表されれば、これまで潜在的であった代替供給先への需要が一斉に顕在化し、限られた適格な製造能力を巡る競争が急速に高まる可能性があります。そのような状況では、対応が後手に回った企業に有利な条件を確保することは難しくなると考えられます。もっとも、見落とされがちな制約は商業上の問題ではなく薬事規制上の問題です。製造拠点の変更には通常、事前承認補足申請(Prior Approval Supplement)が必要となりますが、審査中の申請案件に対して当該変更手続を開始した場合には、審査期間の延長につながる可能性があります。 したがって、処方薬ユーザーフィー法(Prescription Drug User Fee Act)に基づく審査期限が迫っている案件や、審査終盤のレビュー会議を控えている案件については、製造委託先等の切替えに関する判断は、単なる供給先選定の問題ではなく、承認申請スケジュール全体に影響するスケジューリング上の判断となります。そのため、スポンサー企業は、BCCリスト公表後ではなく公表前の段階で、当該切替えが承認申請スケジュールに与える影響をあらかじめ検証することを検討すべきです。
      • クロスボーダー取引と拡大する規制対象範囲。 バイオセキュア法は、複数の規制制度が同じ方向へ収斂しつつある中で、その一部を構成する制度にすぎません。 2026年6月2日に下院へ提出されたバイオテクノロジー投資国家安全保障法案(Biotech Investment National Security Act)(R. 9102)及び2026年8月6日に上院へ提出された同法案は、現在、半導体・マイクロエレクトロニクス、人工知能、量子情報技術、高性能コンピューティング及び極超音速システムに対する米国からの対外投資を対象としているCOINS法において、新たにバイオテクノロジーを規制対象分野として追加することを提案しています。 また、同法案は、連邦政府調達との接点を一切有しないインライセンス及びアウトライセンス取引並びに合弁事業についても審査対象を拡大することを予定しています。もっとも、財務省は規則制定により、立法措置を待つことなく、同様の結果をより早期に実現する可能性があります。 他方、中国では、2026年7月1日に施行された中国国務院令第837号が、中国企業による対外投資のライフサイクル全体にわたり輸出管理及び安全審査を適用しており、取引相手方からのノウハウ移転を制約する要因となっています。 そのため、現在進行中又は将来的に予定されているクロスボーダー取引を有する企業及び投資家は、2027年半ば以降も継続することが見込まれる取引について、これら双方の規制拡大が同時に生じた場合を想定したストレステストを実施するとともに、今後生じ得る立法・規制上の動向を継続的に注視することを検討すべきです。