ICSID仲裁について
ICSID(International Centre for Settlement of Investment Disputes。国際投資紛争解決国際センター)は、ICSID条約(「国家と他の国家の国民との間の投資紛争の解決に関する条約」。現在までに165カ国が署名)により設立され、外国投資家と国家間の紛争を処理する機関として著名です。ICSIDはこれまでに650件以上の投資紛争を扱い、2020年には58件、2021年には66件、2022年には19件(6月30日まで)の投資紛争を受理しています。
ICSID仲裁規則(以下「規則」)は、ICSIDが管理する仲裁に関し確固たる手続上のフレームワークを定めており、申立ての登録から仲裁判断まで、そして仲裁判断後の救済手続にも適用されます。
改正の概要
改正規則は2022年7月1日に発効し、同日以降に提出された仲裁申立て全てに適用されます。改正規則は、2016年11月からのコンセンサスに基づくプロセスの成果といえます。ICSID条約の加盟国は、サード・パーティー・ファンディング(第三者による資金提供)の開示要件、仲裁判断の公表による透明性の強化、費用担保に関する新たな規定の導入、仲裁人に求められる公平性と独立性の宣言に関する詳細等、さまざまなテーマについて直接意見を提供しました。
2022年の改正は重要であり、透明性、効率性、そして現在のICSIDの実務を反映する現代化のために、幅広く変更がなされています。中でも、注目すべき改正点は、以下のとおりです。
- サード・パーティー・ファンディングの通知(規則14条)
- 仲裁判断とその取消の公表(規則62条)
- 非当事者(Non-Disputing Parties)による提出(規則67条)
- 審問期日の傍聴(規則65条)
- 暫定措置(規則47条)
- 審理の分離(bifurcation)(規則42条)
- 仲裁判断の時期(規則58条)
- 迅速手続(Expedited Arbitration)に対する当事者の同意(規則75条(1))
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主な改正点 - サード・パーティー・ファンディング
紛争が複雑化するにつれ、投資仲裁におけるサード・パーティー・ファンディングは増加しています。2006年ICSID仲裁規則(2022年7月1日以前の申立てにも適用)では、サード・パーティー・ファンディングの開示までは義務づけられていませんでした。利害関係者がより透明性を求めるようになりにつれ、資金供与における第三者の役割がICSID規則の改正の焦点となりました。
規則14条では、サード・パーティー・ファンディングは、第三者から「直接的または間接的に寄付若しくは助成金として、又は、手続の結果に応じた報酬の対価として、手続の追求又は防御のために資金を受け取ること」と定義されています。この定義には「間接的な」資金提供が含まれているため、当事者の関連会社や最終的な受益者を通じて資金が提供される状況をも含むことになるでしょう。
当事者は、仲裁申立ての登録時(または申立登録後にサード・パーティー・ファンディングの合意がなされた場合、合意をした後直ちに)、資金提供者名と住所を開示する書面による通知を提出しなければなりません。これは、手続全体を通じた継続的な義務であり、当事者双方に適用されます。ここでは、資金提供契約自体の開示は義務付けられていません。もっとも、規則14条(4)に基づき、仲裁廷は資金提供契約に関する更なる情報開示を命じることができるため、サード・パーティー・ファンディングを利用する当事者は、ケース・バイ・ケースで、追加の情報開示を余儀なくされる場合があります。
潜在的な利益相反を避けるため、ICSIDの事務局長は、規則19 (3) (b) 条が定める「独立性、公平性、利用可能性、手続の秘密保持を維持するためのコミットメント」を宣言する目的で、任命された仲裁人に同通知を受け渡すことになります。
また、2022年改正では、費用担保の申立てに関する具体的な手続を定めた規則53条も導入されました。規則53条は、仲裁廷が費用担保の決定をする際、サード・パーティー・ファンディングの有無を含め、関連する全ての状況を吟味するよう求めています。
日本企業による再生可能エネルギー関連の事件の最新情報
他の多くのステークホルダーと同様に、日本企業もまた、スペインに対し、スペインの再生可能エネルギープロジェクト(太陽光や風力等)への投資を奨励する特別の法的枠組み(1997年の電力法)が変更されたことにより、エネルギー憲章条約(ECT。日本も加盟)に基づく申立てを行っています。
Eurus Energy(ユーラスエナジー。以下「Eurus」) v. Spain(ICSID ARB/16/4)は2022年10月24日に終結しましたが、スペインは、日本企業によるECTに基づく請求の大部分を退けました。ICSIDは、2016年3月1日に本申立てを登録しました。Eurusは、同社の風力発電所への投資に適用されていたインセンティブ制度をスペインが変更したことにより、ECTに違反したと主張していました。2021年3月17日の管轄権と責任に関する判断で、仲裁廷は、多数意見により、Eurusは風力発電所に対する安定した補助金や固定価格買取制度(FIT)に対する正当な期待を持たず、「合理的な収益率」に対する期待を持つにすぎないとしました。仲裁廷は、スペインの制度変更が許容し難い遡及的効果を有し、ECTの下での公正かつ衡平な待遇(Fair and Equitable Treatment)の保護に違反した、と全員一致で判断しました。
JGC Holdings Corporation(日揮ホールディングス。以下「JGC」) v. Spain(ICSID Case No. ARB/15/27)では、ICSIDの仲裁廷は、スペインの再生可能エネルギー制度の変更が、ECTの公正かつ衡平な待遇(Fair and Equitable Treatment)保護に基づく投資家の正当な期待に反したと認め、スペインに対し、2350万ユーロを超える損害と利息、JGCの弁護士費用の40%、仲裁費用全体の25%を支払うように命じました。仲裁廷は、「投資家は固定価格買取制度(FIT)が大幅に変更される可能性を認識すべきだった」とのスペインの主張を退け、「JGCは合理的なデューデリジェンスを行った」と判断しました。この仲裁判断は2021年11月9日に下され、スペインは仲裁判断の取消しを求めています。ICSID特別委員会(ad hoc Committee)は今年初めに設立され、ICSID条約52条に規定される、仲裁廷の汚職、明らかな権限逸脱、手続の基本原則からの重大な離反等、限られた理由によってのみ仲裁判断が取り消されることになります。
その他の投資紛争として、日本の総合商社である三井物産のスペインに対する請求事件も引き続き進行中です(Mitsui v. Spain (ICSID ARB/20/47))。本件の申立ては、2020年10月30日に登録されました。同社は、再生可能エネルギー発電施設の建設・運営への投資に起因するECT上の違反を申し立てています。仲裁廷は、2022年10月初旬にワシントンD.C.で管轄権と本案に関するヒアリングを実施しました。